2019年3月13日水曜日

弁柄研究

1. テストピースと対応表


テストピース対応表(上)
1.國光印沈殿
4.弘法市(仮題)
7.臙脂綿
2.國光印
5.弘法市(仮題)上澄み
8.臙脂綿➕胡粉
3.國光印上澄み➕胡粉
6.マッタレーキ(本洋紅)
9.マッタレーキ➕胡粉

テストピース対応表(下)
10.紅百合
13.沖縄本土鉄細菌ベンガラ
16.天然赤茶(白)
11.無類七宝辨柄
14.戸田工業紫口
17.モロッコ代赭
12.久美浜代赭
15.吹屋弁柄黒口
18.改天印


2. 絵具の詳細 

 「2. 國光印」



・持ち寄った弁柄の中で一番赤い。本当に弁柄か?という印象。朱に近い。
・塗りにくい。伸びない。掠れる。

「1 國光印沈殿」「3 國光印上澄み+胡粉」
・分離する。上澄みは沈殿しない。
・上澄みを胡粉と混ぜても紫にならないので、コチニール(臙脂)ではない。
→カーマインか?紙の裏側に滲む。明治に多い。 ・代用朱のような合成顔料の可能性が高い。朱とカーマインか?(まとめで後述) ・重さは朱みたいだけど黄目が出ない。 ・沈殿部分が仮に朱だとしたら、硫黄をかなり取り除いてある(「朱の会」の時の黄目 が全く出ない朱みたいな感じ)。
・上澄みの色味が特に好評。沈殿も良い色。

4(仮題)弘法市」「5弘法市上澄み」



・題がないので購入場所に因んで、仮に「弘法市」とした。
・このような箱は戦前戦後くらいに多い。
・スプーンを入れた時にふわっとした感触。洋紅みたいな感じ。
・塗りにくい。重い感じ。
・乾くと上澄みの周りが照った。 ・結論としては、弁柄に染料を混ぜている可能性が高い。 ・このくらい「赤い弁柄」が欲しかったのでは(まとめで後述)。 ・系統として、弁柄と呼べる(國光印と比べて、弁柄感がある)。

「6.マッタレーキ(本洋紅)」「9.マッタレーキ+胡粉」
省略

 「7.臙脂綿」「8.臙脂綿+胡粉」
省略


「10.紅百合」

・吹屋のローハ弁柄。
・赤味があり、軽やかな色。
・他に紅薔薇もあったので、紅百合という名前からの推測に過ぎないが、最も赤い弁
柄ではないのではないか。
「11.無類七宝辨柄」
(左から、内袋の裏面、内袋表面、外箱)

(左から、外箱側面のシール、板流し状の中身) “Direki(正しくは direkt) Importeur[Ersten Rangs(正しくは ramges) Farben] deutscher Farben” 和訳は「直輸入[一等色]ドイツの色」だが綴りに間違いがある。 ・紅百合と比べると紫系に見える。

「12.久美浜代赭」
省略
「13.沖縄本土鉄細菌ベンガラ」

・テストピースは右下の、最も赤味が強い沖縄本土鉄細菌ベンガラ。 ・写真は首里城の修復のための弁柄のサンプル。

「14.戸田工業紫口」
・現在でも購入可能な戸田工業の弁柄。
・塗ると照る。

「15.吹屋弁柄黒口」
・現在でも購入可能な吹屋地区のお土産屋さんで売っている弁柄。
・製造元は戸田工業。
・吹屋の黒いベンガラは、油で溶くと真っ黒で、膠で溶くと少し赤味のある色になる。
・塗ると青みを帯びてマットに見える。松煙墨に似ている。

「16.天然赤茶(白)」
省略
「17.モロッコ代赭」
省略
「18.改天印」

・吹屋弁柄の普及品。一番スタンダード。これが吹屋ベンガラのイメージ。 ・塗りやすい。 ・照りはするが、色は落ち着いていて厭らしくない。 ・劣化するときは、白くならなくて、赤く(黒く)なっていく。 ・少し黄味。

3. まとめ

「絵具は発色がすべて」 ・絵具は発色だ!赤は決め手になる色。 ・「國光印」と「弘法市」は顔料と染料で作った合成絵具だと思われる。 ・特に「國光印」は鮮やかで可愛らしく、桜や蓮華などに良さそう。国の光=日の丸の 赤のイメージか? ・背景には、近世に流通していた吹屋弁柄の製造中止と、明治の合成絵具開発・新色開 発ブームがありそうだ。舶来の顔料を取り入れる機運も高そう(ドイツ語のシール)で、 これらの絵具には試作品・振興品の雰囲気があるものの、当時としてはモダンかつ、お 洒落な絵具だったのではないか? ・彩度を上げたい、という願望があったのではないか?例えば、弁柄の「赤」とは、 テストピースの「10紅百合」や「13沖縄本土鉄細菌ベンガラ」のような色だが、 「4(仮題)弘法市」はそれよりも「赤い弁柄」を目指しているように思える。 左から、弘法市(人の手でより赤く)、紅百合(赤い弁柄)、無類七宝辨柄(赤系だ が紫味を帯びた弁柄)。

「重色と絵の潤い」

・昔は重色が技法として生きていた。分析では染料が出ないので無視されがち。
例1:若冲の赤は真っ赤だけど、赤(顔料)に赤(染料)を塗って、より赤くして いる。工夫がある。 例2:昔の絵の緑青には染料をかけてある。そうやって色数を増やしている。黄緑 の岩絵具を使っているわけではない。
・一色で綺麗じゃなかったら混ぜるのは普通。顔料は混ぜると濁ってしまうけど、染料 は透明だから綺麗に見える。 ・今の絵に透明感が欠けているのは、水絵具(染料系)が欠けているから。絵の潤いみ たいなもの。(仮に水絵具が復活すれば、筆法も自然に復活するのではないか)
「胡粉と赤と紫と」
・赤系の染料のテストは、胡粉と混ぜるとコチニール(臙脂)かどうかが判断できる。 →なぜか。コチニールは胡粉と混ぜるとアルカリと反応して紫味を帯びて見えるため。 ・コチニール(臙脂)を人工的に作ったのがカーマインである。 ・カーマインとマッタレーキ(本洋紅)は胡粉と混ぜても紫にならない。 →ではなぜ江戸時代の桜は紫にならないの? ・礬水が強いと臙脂と胡粉の混色でも紫にならない。 ・昔の礬水は今に比べてキツ目だが、発色のことを考えたらその方が良い場合がある。 例えばこの場合、礬水の酸性と臙脂+胡粉のアルカリ性が釣り合って、画面上では紫に 振らず桜色のまま。 ・因みに、インドではコチニールの焙煎の段階であえて紫に振ることがある。
「弁柄の照りと色味(赤系・紫系)について」
・現代の弁柄は細かいので照る。昔の弁柄は不揃いのため照らない(動画あり)。 ・よい弁柄に「朝日印」がある。これは照らない。 ・大きく分けて「赤系」と「紫系」がある。紫は酸化鉄を連想させる。

4. 余談

「ベンガラについて」
・弁柄よりも朱の方が高価。 ・テストピースにある桜太陽と錦龍印(きんりゅう)は今でも買える。 ・現代の弁柄メーカー2 社。戸田工業(広島)と竹谷化成(大阪)。日本画ではなく、 陶芸・漆工の材料として流通している。 ・戸田工業の弁柄に七宝印のものがある。 ・岡山大学が吹屋弁柄の研究開発をしている。参考:『肥前・有田焼・赤絵と備中「吹 屋ベンガラ」と新規酸化鉄赤色顔料』。また、吹屋弁柄の再現を試みた新彩色ベンガラ AF(寺田薬泉工業/本社京都)というのがある。 ・中川さんのドイツベンガラは色が良い。(ドイツと弁柄の関係は?) ・大垣市赤坂は弁柄の産地。 ・名古屋の弁柄に猩々印・東洋印がある。 ・日華朱は最近製造を辞めた。 ・昔、弁柄は薬屋さんに置かれていた。だから漢方薬のお店から出ることもある。薬 効は止血・貧血など。 ・九谷焼・柿右衛門の赤は上級として有名。吹屋弁柄が使われている。 ・伊万里焼の人が吹屋ベンガラ買い占めたという噂がある。
「その他」
・包みから年代を推定できる。「木版刷り」や単位が「匁」(もんめ/一匁は3.75g) の場合は「江戸」。「機械印刷」や「瓦」(グラム)の場合は「明治」。 ・転写に使うなら弁柄よりも「石黄」である。裏向けて、パッパとするだけで写る。 ・念紙を作るときに日本酒を使うのは、アルコールが界面活性剤の役割を担って、微粒 子と混ざり易くなるから。煤などに先にアルコールを混ぜるのはそのため。アルコール なら別に日本酒でなくても良い。 ・紅花は北座の化粧品売り場で買える。資生堂が出している紅花の口紅が棒絵具みたい。 ・溶き油には、日本と朝鮮は荏胡麻油、中国とモンゴルは桐油が使われる。膠よりも油 で溶いた方がより赤く発色する。 ・対光実験は、テストピースの半分をアルミホイルで隠して、西陽が当たるところに置 く。染料は胡粉を混ぜると少し持ちが良くなる(國光印の上澄みを試してみては?)

2016年2月28日日曜日

第二回日本画画材研究会 テーマ「朱」

広義には、水銀朱・鉛丹・弁柄・丹土を含む赤色顔料を朱と呼んでいたようですが今回の画材研では天然辰砂と人工的に合成された銀朱に関する考察を試みました。




実験方法  使用絵具(現在の赤口本朱・川嶋浩先生の赤口本朱・現在の黄口本朱・西山英雄先生の黄口本朱・現在の天然辰砂)れぞれを洋膠一種・旧三千本膠・牛皮古膠無類の三種で溶き麻紙及び手板に彩色し溶き具合や黄目の量、粘度や伸びなどの塗り心地・作業性を記録する。


結果  赤口でも黄口でも現在のものよりも昔のものの方が圧倒的に発色がよく、黄目も少ない。
一つの理由としては、製造工程での洗いの不足と原料の質に問題があると考えられる。天然辰砂に関しては意外に黄目が出た。
膠での違いは、ゲル化温度が洋膠一種で21°、三千本で18°、無類が16°で伸びと塗り易さ(伸び)については無類が最も良かった、一種は塗ると同時に粘り著しく塗りにくかった。


結論 ― 人工朱は、赤口・黄口とも昔のものが黄目が少なく発色が良い。朱を溶く場合、やや油脂分を多く含む良質の膠でやや濃いめに溶くのがベストである。

2016年1月5日火曜日

第一回日本画画材研究会

1月5日、日本画々材研究会・第1回会合を開催しました。 日本画に関わる画材を研究し、皆さんに還元あるいは問題提起できればと考えています。 今回は、メンバーの初顔合わせを彩色設計で行いました。 珍しい膠や戦前とルーベンス時代の吉祥の岩絵具さらにタンカについてがテーマでした。 またガンボーシの産地に関する資料を彩色設計の北村氏より提供いただき大変勉強になりました。